追記の追記が長くなったので別エントリーで
前エントリーの追記の2番目の記事とかにもあるようにYouTubeだなんだに成り代わろうとかって言う話ではないとないんだろうとおもいますが、(ユーザー視点で言っても最
初の記事とかにあるようなYouTubeとかの方には既に遙かに充実したライブラリーがあるし違法とか何とか問題にならないフィールドも事実上出来上がっ
てるし遅すぎでしょっていうのも確かにあるわけで)止まらない流れに参加しないわけにはいかないとかつてはRadio Starを殺す立
場の象徴で天下無双の一時代も築いたかも知れないMTVが、生き残りを掛けた勝負に打って出たという側面も小さくないんじゃないかと思います。この目論見
が成功してMTV的な次のチャンスの萌芽に繋がっていくのかとかその辺は僕には全然分からないけど、下から二番目の記事にあるような「同じ様なチャレン
ジ」は他にも沢山計画されているわけで、全体の流れとしては向くべき方向がどっちなのかと言うことに対して如何にいつぞやの(今現在も含めて)時代のビッ
グネームであろうとも耳を傾け続ける真摯さが保たれるような社会構造になっているのがアメリカという国だということなんだと思います。大雑把な言い固すぎ
て語弊も色々あるかも知れないですが、こういうシビアだけどフェアな勝負が行われているアメリカはそれ故に自然発生的な新陳代謝が行われている国だと思う
し、自然発生的なテクノロジーが次の時代へと社会を押し進めさせようとすることに対して人為的なボトルネックがあまりにもありすぎて前後不覚な状態へと国
民の少なからずを迷い込ませてしまっている(と思いたいワケじゃないけど、それ以外どう受け止めれば良いのか分からない様な意見がホントあちこちに渦巻い
ていると感じてしまう)どこかの国よりはやっぱり結局だいぶマシな気もしてしまう。
例えば流行の(?)スティーブジョブス的なやり方をいくら研究したところで日本の社会でやっていくにあたっては参考にならないというのは、残念ながらホントのところだと思う。なぜなら社会の構造が違いすぎるので。
民主主義や資本主義の世の中で結局大事なのは社会をどう作っていくかということに対しての「大人達」の真摯というかバランス感覚のあるというかクールとい
うか、な取り組みなのであって、大人というのは政治家や企業のお偉いさんやなんかのことだけではなくて結局僕たち全員なんだと思う。だから、ジョブスのや
り方を見てどうこうとか言っちゃってるのはお笑いぐさでしかない場合も少なくないのかも知れない。ラッキーな社会のラッキーなヤツのやり方をアンラッキー
(というのはジョブスに憧れる視線から見ればという意味で、です。そこら辺アシカラズ。)な社会のラッキーなのかどうか全く不明瞭な不特定多数が真似よう
とするのは宝くじ攻略法を研究するような生き方に近いというか。そもそもジョブスがラッキーなのかどうかも怪しい気もしますが。
あるいは、極端な話として、今回の金融不安でアメリカ式の(?)資本主義の終焉とかなんとかっていう意見も聞こえてくることがあるけど、ホントになし崩し
にそんなことが起きたら僕らの生活はかなり悲惨なことになるんじゃないかと思う。もしくは「終焉」というのが「乗り越えて次のステップに入る」というニュ
アンスならば、民主主義や資本主義を未だ余り上手く消化して来れていない日本の方がアメリカよりも遙かに分が悪いという話であって、民主主義や資本主義が
人類の悠久の歴史の果てに必然として生まれたシステムであることを学んだ方がよいのではないかと思う。いや、かく言う僕も全然勉強出来ていないし、そのや
ばさに今頃気づいて泡食っているのですが。
西洋対東洋とか日本とかいう視点で、こちら側の良さが問われる時代になってきているという意見もあるけれど(それは純然たる日本人たる僕としてもとても共
有したいし、意味することもどこかでは激しく頷ける、頷きたい意見ではあるけれども)、手放しにそれを言うのはもの凄く危うい意見じゃないかと思う(に僕
は今のところ到っている)。歴史の必然の流れを理解出来ていない、未だに受け入れられていない日本の大人が決して少なくもないことはちょっと見逃せない事
態になってきているのではないかなと怖い気もしたりするのです。本当に世界に示せる日本の良さがあるのならば、それが活かせるのはちゃんと時代の潮流に乗
れて乗りこなせるだけの基礎体力を身につけるための環境を僕らの国がもう少しまともに整備出来てからでしかないんじゃないかという気がします。
歯がゆい話だが、例えば確実に今の時代を創っているIT技術の土台はやっぱり(ある意味では全て、完全に、)西洋社会というか文化というか文明というかに
あるわけで、科学技術も政治体系もおおよそ現代的なものほとんどは然りなのであって、まず僕らはその辺のハンディキャップを意識しないと勝負の土俵にすら
上がれない歯がゆさを知らなきゃいけない時代に生きている様な気もします。(そういう意味ではこれまた例えば、太平洋戦争が何だったのかということへの理
解についても僕らの社会は未だに上手く総括出来ていないのかも知れない。)ある意味、生まれついての西洋人の大半が実はあまり理解していないかも知れない
かも知れない西洋的な何事かについて僕らは意識的にならざるを得ないのかも知れない。そういう意味ではホントにタフさを要求されるのかも知れないわけだ
が、そこにこそチャンスもあるというか、そこに気づかないとチャンスはないのかも知れないという気もします。まあとにかく、そういうのが変に概念的な話と
してばかりではなくて謂わば「ノリ」としてもうちょっと色々な形で幅広く共有される状況が生まれてくると日本はまた元気になると思うし、そうじゃないと元
気になり得ない気もする。
「もういいじゃん」ではなくて「実はやっとこれから」だという空気が必要なんじゃないだろうか。
まあ、僕もだいぶへたれだと自覚してますが、取りあえず精進したいものです。
思わず長くなってしまった・・・!