1 post tagged “眼底”
何年経っても折りに触れて不自由なことこの上なく思ってしまう話だが、僕は筋金入りというか永らくの近眼だ。視力が低下し始めたのは小学生の頃だ。(良いタイミングを作れたら、まーじーでレーシックやってみるかも)
先日久々にコンタクトレンズを作ろうかと思い、眼科で検診を受けた。考えてみるとちゃんと眼科として開業している場所で検診を受けるのはだいぶ久しぶりだったかも知れない。もう相当の間、コンタクトやメガネを作るときも、お店の併設の簡易的な診察所で視力検査のみを受けていてその他の検査は一切受けていなかったことを言っているわけですが、ともかくも、そこで先生からいきなり言われたのが「うーん・・・緑内障の疑いがあるなー。」という一言。
疲れもストレスも目に出やすいタイプでもあるかも知れないという自覚もあるので、割りと無茶をしていたかも知れないこのところの生活を考えたりすると、「むー。。そういうことも起きるものか・・・」とか咄嗟に色々思いつつ、当然困惑もしつつ、でも妙に冷静に「そうなのかー。。」とか受け止めていた気がするのだが、気になる点は取りあえず質問しつつ先生の説明と(家で自分でも調べたりして)併せて分かった点を書くと
検査について
●現在主流の緑内障の一番簡易的な検査(のひとつ?)は(機械というか専用のカメラというか、を使って)眼底(がんてい)の様子を見る検査のようだ。
●眼底とは、眼球の後ろというか水晶体とか瞳孔から見て真裏の部分のことです。網膜なんかも含まれる部分ですが、この眼底には乳頭と言われる部分もあって、まず主にそこの様子を見るらしい。眼底(視神経)乳頭とは、水晶体を通して網膜に映る映像情報を脳に送るための視神経の束が眼球の裏側(真裏じゃなくてちょい下気味の裏から斜め下に向けて視神経は伸びている)にはくっついていて、その部分のことです。
●目の正面から眼球をのぞき込むと、眼底乳頭は円形をしている。正常な眼底は綺麗な二重の円形、つまりドーナツ状になっている。(検索するとwebでも色々写真が見れると思います。)まあ名前からして分かるように、立体的に言うと、多分形状的にまさに乳頭みたいな感じなんだと思う。
●緑内障の場合この「ドーナツ」が大きくなったり、いびつに歪んだりする。特に中心部分、つまり「ドーナツの穴」の部分が大きくなって「ドーナツの縁の部分」が欠けてきたりするらしい。
●僕の場合右目の検査映像がまさにそんな感じだと言われた。実際、映像も見せて貰ったが、なるほど、その通りの感じに映っていた。(うーん、、、憂鬱だ・・・。が、、事実は事実なんだし、そこに関しては何を言っても仕方ないので、なるべく前向きに捉えよう。。まだ「疑い」の段階でしかないわけだし、、まず必要なのはちゃんとした検査を受けてみることなわけで、、とか考える。ちなみに緑内障はまだ分からない部分も色々ある病気らしいです。)
緑内障について
●一般に中年以降の病気(わらえねーwはぁ。。。wとひたすら思いたくなる自分を感じて、ある意味一番そこの部分で自分で自分を忌々しく思ってしまったwまだ全然若いつもりで頑張れないと色々計画が狂いまくる。。。w
●40代以上の5%が患者らしい。(以下に書くような状況もあり、もう少し多いという説も。)年齢が上がるほどに患者率は上昇する。つまり加齢と関連性のある病気でもある。
●端的言えば視野が欠けていく病気。ご存じ「盲点」が拡大していくような感じで症状が進行するみたいです。
●しかし、案外人間の目は「視野の欠け」を「両目」と「目の動き」を使って補助してくれてしまうものなので、かなり進行しないと自覚症状が出ないケースが「もの凄く多い」らしい。(患者の8割が自身の病気に気づかずに生活しているという話もある。)つまり無自覚の内に進行してしまうとても怖い病気でもあるということです。
●これはwebで知った話だが、上のような状況があるにもかかわらず一般的な「定期健康診断」とかで緑内障の検査を取り入れていないケースも結構あるらしく、問題視されている様です。
●視神経は一度ダメになった部分はそれっきりになる。つまり、失われた視野を取り戻すノウハウは少なくとも現段階では解明されていない。「緑内障の治療」というのは、「進行を抑えるためのもの」(でしかない。。)ということです。現状では進行を抑えることしか出来ないわけだが、放置するとどんどん進行するケースがほとんどなので、「最悪、失明に到る」ということらしい。だから早期発見早期治療の重要性は決して少なくない。ちなみに(当然というべきか、)研究は進められているので遠くない将来に治癒法が確立される可能性はあるみたいです。つまり、希望は失ってはいけないのでちゃんとやれることをしましょうっていう話です(なんでもそういうことかもなぁー。。としみじみ)。
●原因・症状はいくつかのパターンがある(ご興味をお持ちの方は、検索するとかして調べてみて下さい。それと、ご自身の症状の判断は医師の診察のもとでないと行えないと思うので不安お持ちの方は是非検査を。)のだが、この辺は解明されていない部分も多い。一般に「眼圧」との関連性が言われているので、緑内障の診断を行う場合、必ず眼圧測定もする。(眼圧が高いと乳頭が圧迫されて視神経に悪影響が出るみたいです。)しかし、眼圧が正常値でも緑内障の症状が出る場合もあり(日本人に多いパターンとされるらしい)、「緑内障の検査」というのは複合的に検査しなければならないのが現状である。(なるべく「新しいメソッド」「高度な判断」をキャッチアップ出来ている病院・医師に掛かった方がよいと思います。以下に関連記述をします。確かな情報は自己責任で収集なさった方がよいことも併記しますが。)
●いわゆる「視力」とはあまり(ほぼ?僕が最初に掛かった先生は「ない」とだけ言っていた気もしますが「言葉の綾」的な問題もあると思うので、ニュアンスは難しいのかも知れないです。)関連性はない。近視の人がなりやすいという傾向はあるが(以下関連記述あり)、例えば「2.0」見えていてもなる人はなってしまう。
治療について
●症状に併せて医師の判断で個々のケースに対処するみたいです(当たり前かもですが)。ここまでにも書いたように、根本的な究明が未だなされていないらしいので、積極的な対処法はないみたいですが、一般に眼圧を下げるための投薬治療とか手術があるみたいです。手術のケースについては僕の場合取りあえずはありそうもないというニュアンスだったので、投薬のケースについて軽くさらってみた限りのことを書きますが、とりあえず現段階の医学的な立場では、「治療は一生続く」というのがまず第一点。ここまでに書いたとおり「元には戻せない」「放置すると進行する病気」だということなのであり、つまりそういうことなのでしょう。処方された薬を医師の指示をしっかり守って服用することがとても肝心らしい。服用のタイミング・容量をきっちり管理し続ける生活を(一生、もしくは視野を取り戻す療法が確立されて、それを施術してもらうまでは)送り続けなくてはならないっていうことです。
●しかし視野の喪失以外には症状のでない病気なので(急性の場合もあって、その場合は頭痛とか気持ち悪くなったりとか目の痛みとかが出るケースもあるそうですが、長期的な意味では他の症状は認められていないってことみたいです)定期的な通院(1〜3ヶ月に一度とかが多い?)、薬の服用を正しく行いつつ、なるべく健康で規則正しい生活を心がけさえすれば問題ない(悪化は起きにくい。ほぼ起きない?)。
とりあえずこんな感じでしょうか(補足訂正するかもですが)。
さて、以上のようなことを頭に入れつつ、「視神経がやられてしまう」までの過程に起こりがちなこととして、血行の悪化によって周辺の血管の血流が滞りがちになって諸々の充分な供給が行われなくなるケースが多いという話も耳にしたのですが(こことの関連性は分かりませんが、糖尿病の人が掛かりやすいというのもあるらしいです)、血管をきれいにして「滞り」を取り除けば症状が改善されるとかいう(多分そこまでの言い方になると医学的には認められていない話になってくる様に思うけど、詳細は分かりません。もしあなたが「緑内障」なら基本的には「信頼出来る」医師の判断に従うのが一番だと僕は言うと思いますが。)話もあり、もし僕が本当に緑内障だったとして、食生活も含めて徹底的に生活を変えていけば元に戻るんじゃないかとか無理矢理にでも思いこみたい気持ちになったりとか、まあなんにせよ規則正しい無理のない生活というものを送らないと(視力の上に)視野(までも)を失うことに繋がっていくのかも知れないと思うと、色々自分が思ってきた計画が狂いそうだというか、生き方をまた改めて考え直さなきゃ行けないのかも知れないなー。。。でも、結局最後は死ぬのが人間なんだし、失うモノを怖がりすぎても良くないかもだし、「何を選ぶか」という意識をこうやって試されるということかもな。。。とか、やっぱりそういう「可能性」っていうものを提示されてしまう経験をすると色々考えてしまうものだなー。。とか色々物思いに更けてしまうという経験をしたわけです。あと、まあ多少不健康な生活になりがちな面はあるけど、禁煙もしているし、食事もまあまあ考える生活をしているし(でも良好とは言い難いかもだけど、この辺の基準って結局あってないようなモノという気もするので結局よくわからないのですが)、定期的にしっかりと、とは言い難いものの一応運動もしているし(なるべく歩いたり走ったりとかはしてる)、そもそも体力というか健康というか、基本的な身体のつくりというか、には(色々なお陰様もあって)もともと一応の自信があったので(ある意味取り柄がそこしかない様な「気分」もある)、その辺の意味でショックがあったことも否定出来ない。遅まきながら見えてきたモノもまた最近改めてあったりもするので、腰を据えてこっからいっちょ踏ん張るかー的な気分もあったので、そういう意味でも「まじかよ・・・!!?」というのは正直ありつつ、俺ってやっぱり身の程知らず過ぎなのかなー。。。と畏れを思い知らされる感覚というか、そういうのを凹むっていうのかもですが、まあ、とにかく色々思うところはあったみたいです。基本的には前向きにまとめていかないとますますダメになるなと思ったりもしつつ、必要なだけ落ち込んでおくのも切り替えるためには大事かもだし、とか思ったりしつつ。勿論、周囲の気遣いにも痛み入りました。ありがとうございます。
さて、輪を掛けてぐちゃぐちゃな雑文を挟んでしまいましたが、上記のことも調べつつどこの病院もしくは先生に診て貰うか、ということについては色々調べてみたのですが(これはwebとかだけじゃなく周囲の紹介や情報にも頼らせて頂きました。重ねてありがとう。)、とりあえず薄いけど「つて」もありつつヨサゲだったのが赤坂の北沢病院というところです。(病院のホームページが見あたらず。人気ありすぎてwebで告知しても無意味なくらいだから、なのかもしれない。)院長が緑内障の権威らしく全国から患者がやってきて初診の場合の予約の確保も困難な病院らしい。実際電話してみるとすぐには予約出来なくて決められた期日に数ヶ月先の予約をとるために改めて電話しないといけない様子だった。で、ここはもし僕がホントに緑内障だった場合で、通院する病院に違和感とか不安とかなんとかがあった場合に改めて検討する候補の筆頭ということにして、他を検討。東大病院も良いらしいが、専門外来で診て貰えるまでの手順が少し面倒(医師の紹介状を貰うか一般外来でまず診察してもらわないといけない)みたいなのでここも保留。専門の開業医だと四谷にも良い病院があるようだが、ほんのちょっと遠いのと、ここも予約取るの大変そうな予感(w)で保留。(この辺の地域だと都立大に開業医で緑内障に力を入れているところがあるみたいです。あと、駒沢公園の隣の国立医療センターの眼科も良い先生がいるらしい。のだが、ちょっとだけ日頃の活動範囲から外れる。近いから関係ないと言えばそうなんだけど多分この先当分輪を掛けて忙しい生活になると思うのでなるべく地の利も優先したい。とか考えた。細かく言うともっと色々近場にも緑内障対応の眼科が点在してるっぽいのも分かったけど、なるべく早めかつ詳細な診察が期待出来る病院で、今後の可能性を含めた僕の行動範囲内にあるところを(つまり都心ということかも)出来るだけ見つけたかったのでなるべく念入りに情報を集めた。)で、知人の薦めもあって場所的にも悪くない原宿のオリンピア眼科(駅前のほうじゃなくてユナイテッドアローズ本店のすぐ側にある大きめの眼科専門病院)に電話してみると数日で診て貰えるとのことだったので(緑内障の検査は特殊な機械も使うので、ほとんどの病院で予約が必要みたいです)、そこに決める。そして、今日診察して貰ってきたのですが、、、「問題なし」という診断でした。いやー。。良かった。。!まあ、正直、やっぱりそれ(この年齢で、この俺が(w)緑内障)はないだろー。。とか思ったりもしていたので、やっぱそうか。。。!とか思ったりもしたのですが(現金といえばそうだけどw身体の感覚って多分あるんじゃないかと思う。僕はそんなには鈍感じゃないと思っていたので、ちょっとそこでも安心。でも今回色々かんがえさせられたのはそれはそれとして良い経験な気もしますが、、、ちょっとだけ最初の先生が忌々しい。。。w)ホント胸をなで下ろすとはこのことでした。ちなみにどうして今回のことが起きたかという説明もとても分かりやすかったので書いておきます。
●最初に書いたように僕は子供の頃からの近視です。正常な眼球というのはほぼ正円に近いきれいな円形らしいのですが、近視の人の眼は眼球が前後に伸びてしまった楕円の状態になってしまっているそう(とか自分の目のことを書くとなんか改めて嫌だなw)。で、上記の通り、視神経の束は眼球の裏から斜め下へと伸びる感じで、「真裏」ではなくてちょっと下気味の部分から繋がっているわけだが、眼球が前後に伸びるとこの結合部分に歪みが生じるわけです。こうやって生じた歪みは緑内障の結果生じる歪みと見かけ上は区別がつきにくいので、眼底の映像だけで判断すると緑内障と取り違えるケースがあるそう。(オリンピアの先生の口調だと、でもそういう判断を性急に口にするのは(医者として)ちょっとどうだかね・・・w的なニュアンスがあった気もする。。。w)僕の場合眼圧も正常値内で視野検査の結果も問題なし、眼底を見ても近視特有の歪みに見えるし、自覚症状もないようなので(ないと感じているので、そう僕が言った。まあ眼は強くないし、ドライアイにもなりがち、疲れて見え方がおかしくなるとかは少なからずあったりするので胸を張って言いにくいけど、視野が欠けるとかは全く考えた(=感じた?)ことがなかったというか。言われちゃうと不安になった面もあるんだけど。。w)まず違うでしょう。という話でした。しかし(眼底が)そういう眼ではあるので、今後も同じ様なことを言われる可能性があるし、近視の人がかかりやすい病気ではあるし、例えば、50代とか60代にどうかは断言出来ないので(w)年一回とかの定期検診は薦めると言われてしまいました。まあ、そりゃお医者さんはそう仰るでしょう。でまあ僕も今回色々考えてしまった経験から言って、なるべくそうしようかなと思いました。微妙に思うところもあるのだが、口にはすまい。(じゃあ書くな?)
ともかくも、しかし、思わぬ形で改めて「年齢を重ねること」とか「生きること(死ぬこと)」の意味というかなんというかを今回考える機会を持てたかなという気もします。正直このところ色々集中しなきゃならない状況があるので、ちょっとペースを乱してしまった感もあり、こんなときに、なんだったんだよ!的ななんだかんだもあったのですが、良い経験と言えばホント良い経験だった気もします。普通にやっていると普段考えないことってホントあるなーとありきたいの言い方だが、そう思う。でもだからといって色々考えすぎて迷っている状態が良いとは言えないと思うし、結局色々覚悟も出来た上で、腹を据えてというか腰を据えて、どうやって死ぬまでの時間を自分のために(世の中のため人のためっていう言い方でも良いけど、そこを含めた上でやっぱり自分のためなんだと思う)上手く使うかって言うのはものすごく大事な問題だなー。。生きていくって言うのはそういうことでしかないのかもなーと改めて思いました。まあだからといって自分自身で準備してきた内容次第とも相俟って出来ることと出来ないことはあると思うし、そういう準備のために毎日積み重ねる心がけの結果で未来は変わるのかもなとか思ったりもしますが、命は燃やしてこその命じゃないかなと思います。具体的にどうすることが燃やすことなのかは個々で全く別々だと思うので、だからどうだとかはここで言えることじゃないですが、前進するには、覚悟して希望を持ち続けることしかやりようがないということは結構ホントのところなんでしょう。というか希望を失うことが一番恐ろしいことなんじゃないかなと思ったのかも知れません。覚悟して無茶をやれるギリギリの限界を上手く見極め続ける勝負みたいなところも世の中ってあるんだろうな、、とも、思ったり。にしてもなにがしあわせかは人それぞれなんでしょうけど。
上手く精進していきたいものです。
という僕の緑内障疑惑(バカヤロー!w)騒動記でした。こんなこと書いてる場合でもない気もしつつ、一応備忘録もかねて殴り書き。
大切に、思い切りよく、腰を据えて、大胆に、粘り強く、毎日を積み重ねたい。(何某風)