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日本の音楽好き達にもう少しその真価を評価されても(その存在を知られても)良いかも知れないギタリスト市野元彦さんの新譜が発売になっています。
アルバムタイトルはエントリータイトルの通り。10月から配布されているタワレコフリーペーパー「intoxicate」にも関連記事として市野さんのインタビューが掲載されています。渋谷店で今日見た時点でも結構まだ(intoxicateが)積まれていたので興味持たれ方にはご参考まで(しかしホント個人的にはタワレコとかから足が遠のいてるなー。。とか久々に行ってみながら思いました。特にこのところの生活スタイル的にも街をほっつき歩く暇がなくなっているのとか、遠い昔にタワレコマニア過ぎたのもあることを思いつつ、ですが。)。肝心のアルバムも勿論入荷されてました。そうですよ、寧ろこちらこそご参考まで。
世間的には圧倒的に、「密やかに」リリースされたっていう言い方になるのかも知れませんが、、その言い方で言うならば、密やかに日本発の名盤がリリースされていますよ、日本全国のディープな音楽好きな皆さん。とか書いておきます。
印象論でしか書けないのは申し訳ないのですが、言い訳がましいことを書くと、印象論で表現しても良い日本では希有の音楽を奏でる人の現在進行形の一人が市野さんじゃないかなと思ったりもしています。空間性というか音像(音風景?)の完成度の高さもあっての話だからです。「独自性」なんて言葉はそうそう易々と使えない代物だと思いますが(でもコマーシャリズムの世界では易々と使われてしまうし、そこら辺のジレンマは僕自身も抱えるしんどさにも繋がるかも知れないっすが)、「独自性」っていう言い方をしても良い領域に足を踏み入れている「サウンド」がそこにはあると思います。
ちなみに、カタルシスというか、張り巡らされた伏線がありつつ押し迫ってきて必要充分なだけ盛り上がる部分も僕は市野さんの音楽にも充分感じるかもです。(言い方がまどろっこしいのはこの辺の言葉のニュアンスを使いこなす難しさを思うからです。)ただ常に押しつけがましさからは距離を置いているのが(インタビューでも仰るように)市野さんのスタンスだと思うし、「あざとさ」の対極にあるような音楽を標榜してらっしゃる様にも感じられるので、濃い味の外食ばっかしちゃってたり、化学調味料が「美味しい」の基準になっちゃってるような時点で(驚くほど圧倒的な割合で世の中のクリエイティビティ《特にプロフェッショナルの場合です》はそういう形でしか具体化されていない気もする。そこから逃れる難しさはとても理解出来るし、それ以前に勿論というべきか、それはそれで一概に悪いことじゃないと思いもしつつ書いていることですが。世の中には気にしなきゃならない由々しき問題は色々あるあけだし、追いたくても追えないままならない事情というモノが運的な要素によって不平等に訪れる部分があるのも人の世という気がするので。まあ、単純に言えば価値観って様々だしーってことかも知れないっすね。ちなみに、「おいしい」っていう言い方があるけど、完全に化学調味料の世界だと思います。くれぐれも必ずしも批判ではないのでそこはお願いしますと断りも入れつつ。)市野さんの音楽に触れると、カタルシスを得られずに、あれー??ってなっちゃう人はそうなのかもなーと思う。でも寧ろ「リアル」なのはどっちでしょうねっていう意味では、あーこの人は「アーティスト」だなーと思ってしまう。こういう時代に「しみじみと物事に向き合い続ける切磋琢磨」という、そういう方向性に可能性を見出そうとし続けてることの価値を音楽を通して世の中に認めさせる難しさっていうのは、今の時代に敢えて「音楽」、という意味の上からももの凄い険しさを伴ったものなのかも知れないと思ったりもする。(音楽の持つ「さりげなさ」のポテンシャルというものも勿論あると思うけど、そこだけを強みに出来る時代は過ぎているのかもなーと今更のように改めて思ったりもしつつ。)んで、勿論というべきか、世の中でエンターテナーをやろうと思えば全然やれる技もありながらのアーティストなので(というかアーティストって本来はそうなんじゃないかと思ったりもするんだがそこからして蔑ろにするスタイルがまかり通ってしまった時代を経ているわけで混沌の状態は凄まじいものがありつつ、だからこその、例えば、市野さんが現在進行形で選んでいる音楽スタイルっていう側面もきっと少なからずあるんじゃないかという気もします。)頭が下がる思いもあるし、多分今後も含めたじんわりと長い期間を通して触発され続けるだろうモノを受け取らせて頂けそうなのである。時代の要求する良い音楽とは光の当たる角度や加減次第で様々に別の表情を見せる有機的で多面的なものであると思うし、しかし、その創造の道はきっと恐ろしく険しいのだろうなと思う。擬科学的だったり擬哲学的だったりする比喩を自身の音楽を説明するために持ち込まない部分も(そういうプレゼンテーションが流行りまくってしまったあまり好ましからぬ風習《モダンとかポストモダンとかアバンギャルドとかニューエイジとかの世界もおもしろなーと感じたりする僕もいるんだけど、その辺を超えた意味でも、どうして市野さん達の音楽に僕が惹かれるかと言えば、やっぱり誠実さを感じるが故という気もする。まあ、ある種僕自身の無い物ねだりなのかも知れないなーと最近少し思うに到りつつ。》があるように思える現状のなかで、そういう態度を貫くことの不利益への覚悟たるや如何ばかりなのでしょう)結局僕は安心感を感じるのかも知れないと思うし、より大きな普遍性への(自然な)到達を願いたくなるのです。
まとめ)
いいっすよ、このアルバム♪
そしてここまでにも書いたように、「ライブにこそ真価が。」ってことで、アルバムリリースライブも含めて以下もご参考に。
motohiko ichino